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新宿太鼓会のことだけどね、それはそれはむかーし、むかーし、新宿2丁目のお閻魔さまでゆうめいな太宗寺境内で毎夏7月に開催される盆踊りの会場で、その頃きまってある洗濯屋(富久町の方だったか)のおっさんが櫓(やぐら)に上がってタイコを叩いておったそうな。それを下から見ていたH君、僕もあの櫓でタイコを叩いてみたいなーとおもったことでございました。
よしそれならば、ということでH君、正受院境内で夏を目前にして太鼓の練習をはじめたそうな。 応援して下さったのが細渕(現在鉄板焼「茂利家」を経営しているご主人の先代)、志村、金山(電気店)、新倉、末松の各氏でした。
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坪倉 勝広 現会長
タイコの皮をいくつ破ったことか? オトがデカイゾー |
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タイコの台とバチは志村さんのお手製でした。だって家具職人だったんですから当然言えば当然。いまタイコのバチを作ってくれと頼んでもそれは無理な注文になります。歳をとったんじゃないかって。うーん。歳もそうだけど、実は現在は手打ちうどん「しむら」店を開業しているのです。うどん屋に入ってバチを注文したら、手打ちにされて、罰(バチ)があたるので一(つまらないシャレでスイマセン)。ところでこのお店の手打ちうどんはとっても美味しいと評判です。一度ご注文あれ。
さてさて太鼓の練習と聞いてあつまってきたのがメシよりうどんより何よりも太鼓好き、お祭り好き、目立ちたがり屋、世話好き、・・・・・・・・・ |
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控えめ、リズム音痴、自分勝手・・・、そんな訳ないか。ナイッスよね。 その面々はH君の他に曽川幸太郎君。仲野忠男君。盆踊りが始まる日がくると川村けい子さんが来ていた。実質、新宿太鼓会はこの4名からはじまったといえる。 そして、金山慎司、仲野孝二君らが加わっていた。会員募集をかけたところ、さらに集まってくれたのが坪倉勝広君(現在新宿太鼓会会長)、そして加藤久士、安座間由己他君らのメンバーであった。 「ねえ、ねえ、教えて。活動を始めた頃の会の名称なんだけど新宿太鼓会の名称はすぐに決まったの。」 |
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「そう、すぐ決まったんだなこれが。でも太宗寺の閻魔様に因んで閻魔太鼓(それを言うなら閻魔大王でしょ)にしようか?はたまた火焔太鼓(不動明王の光背にある火焔、これが花園、オンで読むと”カエン”になるんだなあー。花園神社のはなぞのにひっかけて)にしたら、などの案も出たんだ。だけどたしか仲野君のお母さんがあっさり新宿だから新宿太鼓会にしたら、といってきまったんじゃなかったかな」(太宗寺の盆踊りのときは仲野君の自宅を着替え所にさせてもらったり、集合場所にさせていただいたり、懐かしくおもいだすなー) 会半纏のことだけど、半纏は目立った方がいい、と言うことで色はオレンジ色に決まり。ただ仲間のみんなは金がなかったので生地はワイシャツの生地だったんだなー。これも懐かしいー。
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新年を迎えるに当たり、花園神社の境内からの中継ということで元旦に組太鼓を叩いたこともあったっけ。放映されてビックリしたなモー(それは三波伸介のはやらせた言葉、古い、古いよ、おじさん)。 時々だったけど、組太鼓の演奏の依頼があったときは金山さんのおじさんが車を提供してくれて運んでくれたっけ。荷台に太鼓載せて。でも太鼓を下ろしたあと、人間(ひと)だけ、荷台にのっけることは出来ないんだよ、といわれてそれでも無理にのっけてもらったこともあったっけ。
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盆踊りの会場には飛び入りなどあってこれが結構楽しめるんだなー。 助六の中川って女の子、中学3年生だっていうのに音はでかいし、一瞬にして目立ってしまったよ。それから花園神社に柴崎(愛称テクケン)さん、大角(おおすみ)さんなど10秒と叩かないうちに、だれだ、今叩き始めてのは?なんて注目を浴びたネエー。大角さんには特別にご指導いただいたりもしたな。
忘れてならないのは恵比寿千成太鼓(えびすせんなりたいこ)会との出会い。千成太鼓会さんとは良い刺激をもらってお付き合いが出来たね。なかでも背は小さいけど振りと音は大きく地元の恵比寿では太鼓の神様なんて呼ばれた人がいたね。
そお、そお、宮坂さんという方だったなあー。 | |
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で、新宿太鼓会が発足して幾星霜、もう25年以上にもなるんだなーこれが・・・。 |
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それからそれから現在はというと女子会員も加わり、そうそう、二世会員も巣立っていって・・・ 時代(とき)の経つのは早いもの、太鼓たたいて日々、ちゃんちきおけさ・・・ ・・・。(もう。もう。もう。やめて下さい。ちゃかすのは。ぷんぷん。新宿末広亭だって、そんな駄洒落めいたこと、うけないことうけあい。)
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あらッ可愛いってあたしの
こと?
てやんでえ、俺自分でビールつごおっと。 |
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鬼籍の先輩がいるのは寂しいけど、ボクらは今年も来年も再来年もがんばってイクゾー。 このホームページを見たみなさん!応援してくださーい。 毎年夏の風物詩のひとつ、納涼夏祭り盆太鼓のシーズンともなると太宗寺、花園神社、花園町(新宿1丁目)の櫓の上から皆さんの応援を享けとめてこれからもがんばってイキなバチさばきでいきますのでどうぞよろしくご声援をお願い申しあげます。「イヨッ!頑張れ!しっかり叩け!音がちいせえぞ!もっと腰を入れて!」(なんてネ)。全身全霊、万感の力をこめて打ち響かせます。イキな叩きに目をうばわれて、櫓のうえばかり見ていないで、踊りの方も楽しく参加して下さいネ。私達もときどき踊りの輪の中に入らせていただきます。 といったところでお時間も丁度よろしいようで・・・・・・。紙面の都合あってこの辺で筆を擱(お)くといたしましょう。
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陰の声「なんだってエ。紙だってエ、筆だってエ。ただのディスプレイにワープロ打っているだけなのに。おいおい、それに紙面なんていくらでもあるんじゃないの?もっとお話聞かせてー」
「しめん」(それをいうなら、ごめん、でしょ。座布団とってエー。早く、早く)。
この続きはまたのお楽しみに。 |
茂利家で打ち上げ!
(新宿2丁目)
今年の夏も太鼓三昧! お疲れさまでした 何年か前の写真だよ〜ん。 上の写真は一杯はいって上機嫌。 今よりチョット若い。 2000年の打ち上げは9月30日でした。 |
イラスト協力:佐藤智子
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| 2002年夏 |
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| 新宿区花園町の盆踊り会場で勢揃い。 2002年の熱い夏も終わった!! |
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| 花園町にて |
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| 花園町盆踊り会場にて |
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花園町盆踊り会場にて |
| 会員紹介 その1 |
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左右、両写真とも新宿花園神社にて
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新宿通り歩行者天国延長祝い!
祝太鼓! 初代会長の懐かしい写真がありました。 敲いているのは”乱れ打ち”です。 よくこんな写真がありましたね。 昭和?年 |
平成12年夏の盆踊り大会(太宗寺、花園神社、花園町(新宿1丁目)は無事終了しました。つつがなく務め終えて満足、満足。もっと敲きテェ〜。(本音です。)打ち上げ宴会は下記にて開催いたしました。
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宴会後のスナップです。
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